森崎ウィン|[スパイファミリー]ロイドの両親は?国籍などプロフまとめ

イケメン

From Yangon’s Warmth to Endless Horizons: Win Morisaki’s Life of Light and Resilience

エキゾチックで端正なルックス。歌って踊れるイケメン!!森崎ウィンさん。

出典:X(@win_morisaki_の投稿)[https://x.com/win_morisaki_/status/1991866680688132280

ミュージカル「SPY×FAMILYロイド役ピッタリハマって、ダンディーです!!

プロフィール

氏名森崎ウィンもりさき うぃん

生まれ: 1990年8月20日 (年齢 35歳)

身長: 174 cm

事務所: スターダストプロモーション

出典:wikipedia[https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E5%B4%8E%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3]

彼の両親は、どんな方?「ウィン」は芸名?

色々と気になりますねー!

森崎ウィンさんについて、見てまいりましょう。

生い立ちやご家族について

森崎ウィンご両親は、ともにミャンマーの方です。

したがって、ウィンさんは元々

100%ミャンマー人ということです。

(ミャンマーの街並み写真)

ご両親は祖国ミャンマーを離れ、日本など国外へ働きに出ていました。ウィンさん出産の一時帰国後、お母様はウィンさんを残し、また日本へ働きに。幼いウィンさんはミャンマーに残され、母方の祖母のもと、二人暮らしで育てられました

「ウィン」は本名。名付け親は、お祖母様。ミャンマー語で「明るい」を指すそうです。

森崎」は芸名。「ウィン」でデビューしたかった森崎ウィンさんでしたが、「日本語が出来ないという印象を与えたら、選ばれるチャンスが減るかも」という事務所の懸念で付けられた苗字が「森崎」とのこと

両親は、ほとんど帰国せず、働き続けていました。幼いウィンさんにとって両親は、  「電話で話し、おもちゃを送ってくれる存在」だったとのこと。

そんなご両親の頑張りのおかげで、ミャンマーでのウィンさんは、比較的裕福に暮らせたそうです。

転機はウィンさん10歳のとき。さん誕生に際し、一時帰国したお母様が、ミャンマーの治安面など懸念して、一緒に日本へと連れて行くことを決断。

ウィンさんは10歳で、日本での新生活を始めることとなりました。

出典:東京新聞「東京すくすく」記事/歌手・俳優 森崎ウィンさん[https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/fufu/57804/

渡日して公立小学校へ入学。

当初、ウィンさんは日本語を全く話せず、次第にいじめに遭うように。しかし、家族に相談することも、ましてや学校を休むことも出来ず・・・大変苦しい時期を過ごした、と振り返っておられます。そんななか、好きなサッカー遊びを通して逃げずに踏ん張り、次第に粘り強く関係性を変えていき、やがて日本語も習得しながら仲間を得ていった!とのことです。

そんなご自身の辛い体験をシェアして、今苦しみ悩む人たちに向けて、少しでも力に、と寄り添っていらっしゃいます。

下を向いていたら、自分の近くのことしか見えないかもしれないけれど、ちょっとだけ顔を上げて、君の未来を想像してみて」と温かい励ましのメッセージを発しておられます。

出典:X(@win_morisaki_の投稿)[https://x.com/win_morisaki_/status/1961645409710838137

ウィンさんのお話は確かに的を射ています。

公立諏訪東京理科大学工学部教授で脳科学者の篠原菊紀さんによると「上を向くとちょっと先の未来を想像する心持ちになりますが、下を見ると過去を想像しやすい、自省的になりやすい」ことが証明されており、「身体化された認知」の研究の一つの帰結は、「これまで使われてきた言葉はけっこう真実を表している」とのことでした

出典:「日経Gooday」[https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00283/122200168/

様々な経験に真摯に向き合い、糧として、一段上のステージへ。

森崎ウィンさんの「ウィン=明るい」の命名通り、いかなるときも明るい光を目指し続ける軌跡。いま、それが輝く魅力となり、生き方として体現しておられる。

とっても素敵です!!

語学に堪能な秘密は?

さて、森崎ウィンさんは、2018年公開のスティーブン・スピルバーグ監督の映画「レディ・プレイヤー」でハリウッドデビューするなど、国際的に知名度が高く、母国語・日本語の他に、英語も堪能でいらっしゃいます。トリリンガルになれたのは、どうして?

それは、「育ての親」お祖母様の影響によるそうです。

お祖母様は、若いころ米国や日本で暮らした経験から、自宅で英語教室を主宰。地域で多くの大人が通う、結構名の知れた存在だったとのこと。時にマドンナなどを歌いながら英語を楽しく教えている環境のおかげで、ウィンさんは英語を話せるようになった。とのことでした。

出典:東京新聞「東京すくすく」記事/歌手・俳優 森崎ウィンさん[https://sukusuku.tokyo-np.co.jp/fufu/57804/

まさに、いまの活躍につながるための準備を、全て網羅されている人生を歩んできた、といえますね。

芸能界入りのきっかけから飛躍まで

中学2年生のとき、恵比寿でスカウトされたことが、ウィンさんデビューのきっかけ。

しかし下積みは長く続きました。27歳になって、スティーブン・スピルバーグ監督のハリウッド映画に出演できたときに、ようやくこの仕事を続けていいんだと思えるようになれたそうです。

いまではミュージカルに引っ張りだこ。音楽への造詣も深く、自作自演の作品も多く出され、多才さの際立つ活躍!プライベートでのソロキャンプなどの発信も、しっかり仕事へと繋がるなど、国内外への活躍は目を見張るばかりです。

音楽や、ファン(CREW)に対する温かなメッセージは、公式チャンネルで観ることが出来ます

出典:YouTube(MORISAKI WIN / 森崎ウィン Official)[https://www.youtube.com/watch?v=0NTwRe1HxUM

国籍について

もともとミャンマー生まれで、ご両親ともにミャンマー人の森崎ウィンさんですが、2025年10月、日本国籍を取得したことを公表。

「『取りましたよ』と言うのは簡単ですけど、ミャンマーの現状を踏舞えると葛藤があった」そうです。 また、森崎ウィンさんは在住25年経つ今も、定期的な在留許可更新義務を不便と感じていたそうです。さらに、ミャンマーの政情悪化により国際的信用が失墜、海外渡航困難なことから、「エンターテイナーとして祖国ミャンマーと世界をつなぐ架け橋になりたい」という願いはミャンマー国籍のままでは難しいと判断したとコメント。ルーツは大事にしながら、自分がいま存在している場所で、どうありたいかを決断されたこと、尊重して参りたいですね。

出典:Yahoo!ニュース[https://news.yahoo.co.jp/articles/67e3410b8902242719f9175ef60dda915d497d30

これからの展望について

高校生の頃から芸能活動へと足を踏み入れた森崎ウィンさん、現在35歳です。今後について、こんなふうに語っていらっしゃいます。

「プロデューサーをやっているかもしれません。海外では、作りたい作品を自分で企画してチームを集めて制作し、世の中に伝えていくのが当たり前。自分の血が通った作品を生み出すところから携わるのが1つの目標です」

そして自らの経験を通して伝えたいことは

思えばかなう。口に出せばかなう。それだけ(笑)」

「地球上どこに住んでいたって、誰もがふつうの生活を送れる世の中であってほしい。それがあっての、エンターテインメント」

「知名度=信頼」を上げてやりたいことをもっとかなえたい。

「森崎ウィンというブランディング」

「そのためにもっと勉強して、もっとがんばらないといけない。1つずつ着実に身に付けて、1年後には自分がいるステージも仕事の内容も、できることも変わっていたい」

自分にしかできないことを突き詰めていきたい

出典:東洋経済オンライン[https://toyokeizai.net/articles/-/708970?page=5

活躍を続け、たゆまぬ努力と前進を続ける行動力は、まさに「ちょっとだけ顔を上げて、君の未来を想像してみて」との言葉通り。他ならぬご自身との対話の日々が、今につながる森崎ウィン物語となっておられます。

森崎ウィンさんの世界は、やりたいことで溢れている・・・!!

熱く、愛に溢れた、イケメン魂。

本当に素敵な方です😄

まとめ

以上、森崎ウィンさんについて、調べてみました。

このような素晴らしい、愛溢れる方が日本に御縁があったこと、嬉しい限りですね。

これからの更なるご活躍を、応援して参りたいです!

最後までご覧くださり、ありがとうございました♪

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